2011年 05月 23日
判断能力 |
国会の各委員会の質疑応答を見ていると
大臣が出たり戻ったりと、
何と時間の無駄なことかと思うが、
あの何歩か歩いている時間に、様々答弁を考え出す。
と言われている。
さすれば、一見無駄に見える時間も必要性を帯びてくる。
実は、日本とヨーロッパの時間の取り方を見ていて思うのは、
日本人の時間の取り方は
非常にきめ細かく正確に取られている。
代表的なのは電車の時間表と運行の正確さ。
ところがヨーロッパは、
時間の取り方は杜撰で
日本の正確さなどというものとほど遠い。
しかし、それでも充分に機能しているのを見ると
「こういうのでもいいのではないか」と思う。
こうしたことは一体どんなことに反映するのかというと、
融通性、状況判断に対する行動となって現れる。
その証拠に日本のように
きめ細かく正確にマニュアル化してしまっていると、
いざ何かが起きた時、
つまり突発的な事件に対応不能となりかねない。
良い例が、今回の原発事故であるが、
結果自分の身の保身のために状況を隠すことになる。
判断能力というのは日頃からの行動によると考えている。
状況判断能力の高い人を見ると留まって考えない。
動きの中から次の行動を考え出す。
状況判断の悪い人は常に自分中心的で行動能力に欠ける。
もう一つ言えば、日本人は電車に乗るとすぐ眠る。
ヨーロッパ人はほとんど眠らない。
寝ている間は自分だけの世界に入り込んでいるわけで、
そうするとその時間帯は社会、
つまり周りの動きから離脱している状況になる。
そうした繰り返しは能力の停止状態と言える。
YKKの工場に「頭で絵を描け」というような
垂れ幕が天井に下がっていた。
つまりこれは先を考えながら働くということで
留まってはならない。ということである。
臨機応変な行動や突発的な事件に対応する判断は
進歩的な動きの中にあると考える。
大臣が出たり戻ったりと、
何と時間の無駄なことかと思うが、
あの何歩か歩いている時間に、様々答弁を考え出す。
と言われている。
さすれば、一見無駄に見える時間も必要性を帯びてくる。
実は、日本とヨーロッパの時間の取り方を見ていて思うのは、
日本人の時間の取り方は
非常にきめ細かく正確に取られている。
代表的なのは電車の時間表と運行の正確さ。
ところがヨーロッパは、
時間の取り方は杜撰で
日本の正確さなどというものとほど遠い。
しかし、それでも充分に機能しているのを見ると
「こういうのでもいいのではないか」と思う。
こうしたことは一体どんなことに反映するのかというと、
融通性、状況判断に対する行動となって現れる。
その証拠に日本のように
きめ細かく正確にマニュアル化してしまっていると、
いざ何かが起きた時、
つまり突発的な事件に対応不能となりかねない。
良い例が、今回の原発事故であるが、
結果自分の身の保身のために状況を隠すことになる。
判断能力というのは日頃からの行動によると考えている。
状況判断能力の高い人を見ると留まって考えない。
動きの中から次の行動を考え出す。
状況判断の悪い人は常に自分中心的で行動能力に欠ける。
もう一つ言えば、日本人は電車に乗るとすぐ眠る。
ヨーロッパ人はほとんど眠らない。
寝ている間は自分だけの世界に入り込んでいるわけで、
そうするとその時間帯は社会、
つまり周りの動きから離脱している状況になる。
そうした繰り返しは能力の停止状態と言える。
YKKの工場に「頭で絵を描け」というような
垂れ幕が天井に下がっていた。
つまりこれは先を考えながら働くということで
留まってはならない。ということである。
臨機応変な行動や突発的な事件に対応する判断は
進歩的な動きの中にあると考える。
by fromberlin
| 2011-05-23 19:24
| 社会